第15回 中学生 社会学習の落とし穴

教師のコラム

社会の場合は、中学くらいの内容になると、覚えさせられる細かいことがたくさんあるので、考えているひまがありません。それで次々と棒暗記することになります。
「問題集の正答を覚えれば終わり」という子もたくさんいます。

そもそも、行ったことも見たこともないことを覚えさせられるのだから、棒暗記にもなります。
だからこそ、時間をつくって、せめてテレビのニュースやロケ番組で、日本や世界の地域のことを知ってほしいと思います。(信頼できる、いいものがあれば、ネット上の動画でもいいのですが。)
思うに、社会科の事項を覚えることも大事ですが、もっと大事なのは「その地域で人はどう生きているのか」「その時代に人はどう生きたのか」ということを考えることです。
頭の中では、どんな地域にも、どんな時代へも行けるのです。
小生は、中学生のころ、歴史については、「いま自分はタイムマシーンを持っていて、好きな時代に住むことができる。では、住んでみたいのはどの時代だろうか?」と考えて勉強していました。
地理については、「いま自分は1億円を手に入れて、どこでも住むことができる。では、住んでみたいのはどの地域だろうか?」と考えて勉強しておりました。
こうなると、社会の教科書は、移住案内のパンフレットに見えてきます。

そしてさらに、社会現象が「なぜそうなるのか」ということを考えてほしいです。
例えば、農業の耕作について大雑把に考えてみましょう。今や北海道ですら銘柄米があるので忘れられがちですが、米はもともと暑い地方でつくられるものでした。涼しいところでは、小麦。寒いところではジャガイモなど。
人間が食べる作物が生えないところでは、牧草を生やして牛や羊などの牧畜。牧草も生えにくければ、わずかに生える草を求めて移牧・遊牧です。
というように考えると、各地方の気候のもとで、生きるために何が作られるのかが見えてきます。

 

しかしながら、問題を解きながら講師と話すうちに、社会のできごとは、理科とかの問題と違って、はっきりと「これが正解」と結論が出るものばかりではなくて、むしろ、1面的にものを見ても真実はわからないのかもしれない、と気づくことでしょう。

例えば、「田沼意次はわいろ政治を行った悪い人」というイメージがありますが、行った政策を見ると、「コメ本位制ともいえる江戸の経済を貨幣経済へ改革しようとしていたのではないか?」という疑問が浮かびます。その後を見ると、薩摩藩や長州藩は貨幣経済にうまく順応しているように見えます。となると、「わいろ政治」というのも、当時の反対者が流したフェイクニュースだったのではないか?
また、「発展途上国の人は貧しい」と思っていたけれども、ニュースを見ると、立派な道路はないのに、みんなスマホを持っていたり、国によっては日本よりIT産業が進んでいる! 「・・・貧困ってなんだ?」
また、アメリカの独立戦争では、人々は自由と平等を求めていたということで、これが正義だと思った。しかし、いま社会では、自由を推し進めると平等が制限されてしまい、平等を推し進めると自由が制限されてしまうようだぞ。どうするんだ?
こうした疑問に、中学の範囲で答えは出ないかもしれませんが、「違う考え方」のあることを知り、疑問を大事にして、高校や大学へ進んでほしいです。
そして、だからこそ、みんなで話し、考えねばならない、ということもわかってほしいです。