第13回 中学生 国語学習の落とし穴

教師のコラム

30年ほど前、当塾ができた頃は、「子どもが本を読まなくなって、国語力が低下している」と指摘されていました。
それでも、マンガは読む、という子は多くいて、絵とセリフから、頭の中でストーリーを組み立て、登場人物の感情を想像することはできました。ルビを頼りに漢字の読み方を覚える子もたくさんいました。
(まだ子どもがスマホを持っていない時代です。アニメを見るときは、放送かレンタルビデオでした。)

しかし、今やマンガも読まない子が増え、アニメだけ見るという子が大半です。そうなると、学校以外ではまとまった文章を目にしないという子が増えています。(一方で、SNS上の単発的な文、絵文字入りの文は、たくさん目にしていると思います。)

 

登場人物の心情をおもんばかる、というとき、アニメでは、表情が大げさなくらいはっきりしていることが多いですし、悲しい、とか、怒っている、とか、セリフの中で言ってしまってることすら多いです。(最近は、テレビドラマの脚本家も、視聴者がついていけるように、あえて台詞を説明的にしているそうです。)
そのせいか、多くの子どもたちにとって、国語で扱われるような作品で、文章から人物の心情を読み取る、ということは、かなりの難行です。
日本語の表現をよく知らない、ということもままあり、「首を振る」と「うなずく」の違いがわからない子は少なくありません。そうなると、そういう子の頭の中では、筆者の想定とは逆に話が進んでしまいます。
ところが、他人からは、その子が頭の中で何を描いているのかわからないので、細かく聞き出さないと、文章のどこで引っかかっているのかがわからないのです。

大人でも、本を読むとき、うっかり読み違えてしまうことはあります。そんなとき、「あれ?この人物がこんなことをするのはつじつまが合わないなぁ」と思って、後戻りして確認し、「あぁ、ここを読み違えていた」と修正します。
もしこれがドラマやアニメですと、視聴者は自由に後戻りできないので、作り手は回想シーンなどを挿入して、視聴者に確認してもらうのでしょう。

文章を読みなれていない子は、「話の筋やつじつまから、読み取り間違いを修正する」というのが非常に苦手です。そして、「違和感」を覚えても、人に(塾では講師に)それを説明して質問するのが苦手です。
この修正力は、英語の長文を読解する時にもとても大事です。

そんな子にとって、「国語は苦手だからとりあえず置いておこう」というわけにはいきません。
国語は全ての教科に共通の大事な意思疎通の道具だからです。それにとどまらず、将来の社会生活にも必要なものだからです。

講師は、いろいろ尋ねてその子がどこで引っかかっているのか、どこへ迷い込んでしまったのかを探り出し、解説します。
そうしないでいると、周りは「日本語のことだから、わかっているだろう」で済ませてしまいます。

 

また、読むだけでなく、書くことも大事です。
人は、ぼんやり思っているだけでなく、口にすること、さらに言えば、書き記すことで考えがまとまったり、新たな考えが湧きおこったり、ということがあります。

ある高校生が塾に来てくれていましたが、いまひとつ勉強に熱が入りません。行きたい大学はあり、興味があるのはわかるのですが、ちょっとぼんやりしているのです。
ある日、彼が志望理由を作文にしなければならなくなりました。塾の作文指導の講師が、彼が書いた文章を読み、一貫性のないところや根拠が薄いところを指摘して、何度か書き直させます。
何度か目に提出できるものができあがったとき、彼は言いました、「あ、それで俺はこの学科へ行きたかったんだ!」
それから、目の色が変わり、猛然と勉強し始め、見事に合格しました。

そもそも、なぜ人は本を読んだり、ドラマやアニメを見るのでしょうか。様々理由はあると思いますが、ひとつには、苦境に陥った人物が、そのときどう考え、どう判断してその苦境を脱するのかを見てみたいからではないでしょうか。またひとつには、自分の現在の境遇とは違う世界に身を置いて、そこに生きる人間を想像してみたい、違う価値観で考えてみたい、ということもあるのではないでしょうか。
そうした思いの中で、あえて文字を読んで想像するということには、ドラマやアニメにはない、不思議な力があると思います。

そして、文章を書くということは、自分を俯瞰することになります。ちょっと離れたところから、自分を考えてみることになります。これも、ただぼうっと考えるだけでなく、まとまった文章にすることで、いままでぼんやりしていたことが目の前にはっきり見えてきます。自分の考えを文に書き記すことにもまた、不思議な力があると思います。

 

昨今、ちょっと立ち止まって考えればよかったのに、と思うような事件が多い気がします。
自分を俯瞰できる練習をすることには、時代を超えた意味があるのではないでしょうか。
(まぁ、何でもかんでも結びつけなくてもいいのかもしれませんが。)