教師のコラム
学習塾の立場でこう言うのも何ですが、小学校の時期は勉強することより他に、大事なことがあります。
遊ぶことと、お手伝いすることです。
昔で言えば、「竹とんぼや凧をつくって飛ばす」という遊びの中に、様々な技術があり、修練があり、ちょっと危険もあり、工夫が必要になります。
友だちと遊ぶことで、協力することの楽しさ、ルールを守ることの大切さも覚えます。

家事、例えば、料理では、買い物から調理、皿洗いまでの過程に、国語、算数、理科、社会の応用問題が詰まっています。
買い物に行けば、何を買うべきか考えます。安いのがいいのか、もののいいのがいいのか。スーパーの棚を見るだけで、食材が日本中、場合によっては海外からも来ていることがわかります。季節によって並ぶものや値段が変わることもわかります。
野菜を食べるときは、野菜の一部分をいただくことが多いです。では、カレーをつくるとして、ニンジン、ジャガイモ、タマネギってどの部分でしょう?大雑把に言えば、ニンジンは根、ジャガイモは茎、タマネギは葉です。中学の理科でこうした説明をすると、実際に包丁で切って調理した経験があれば、「あ、そうか!」とわかってもらえます。でも、お皿に盛られた野菜しか見たことのない子には興味を持ってもらえず、覚えてもらえません。(生物の勉強で大事なのは、用語を覚えることだけでなく、例えば、「同じ葉っぱでも、植物の種類によって様々な形をしている」ということを知ること、だと思っています。)
さらにカレーを盛ったお皿を洗う時、水だけでは油がきれいに落ちませんよね。洗剤を使う必要があります。実は、食べたものも、食道の中でこんな状態です。消化酵素は水溶液の中で働いていますから、水に溶けない油は分解しにくいです。そこで、洗剤の役割をするのが、胆汁です。「胆汁は油を分解するわけではない」と教科書に書かれているかもしれませんが、なければリパーゼによる油の分解が進まないので、胆汁は大事な役割を持っているのです。これも、お皿を洗った経験がある子には、スッと納得してもらえます。(付け足しますと、胆汁というのは、古くなった血液をリサイクルしてつくられています! 体というのは、無駄をしないようにうまくできていて、本当に感心します。)
もっと大事なのは、実は、うまくいかなかったときです。ご飯が柔らかすぎたり、カレーが水っぽかったり、タマネギが生っぽくて辛かったり・・・
「こうすると、こう失敗しちゃうんだ」を経験することは、「じゃ、こうすれば、もっとおいしくできるんじゃない?」につながります。そして、新たな好奇心を生みます。これが、生きた勉強です。
また、お家のお手伝いをすることで、技術を上げることの楽しさだけではなく、仕事を分かち合う大切さ、役割を任される誇らしさも覚えます。

こうしたことは、問題集を解いていても経験できません。
こうした経験が、勉強への意欲、ひいては自分の将来像につながることも多いです。
逆に、こうした経験を知らないでいると、中学、高校へ行ったときに勉強への意欲が消えていってしまうことも多いのです。
小学校のときは無心にできていた勉強が、だんだんできなくなるのです。
小学校時代は、興味がわけば、勉強に没頭することができる時期ですので、ついつい勉強ばかりやらせてしまうこともあるかもしれませんが、思わぬ落とし穴があることもご承知ください。

